大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和61年(行ツ)73号 判決

川崎市川崎区京町二丁目一五番一〇号

上告人

株式会社 八商

右代表者代表取締役

梅山信太郎

右訴訟代理人弁護士

島田種次

下関忠義

川崎市川崎区榎町三番一八号

被上告人

川崎南税務署長

武田正己

右指定代理人

植田和夫

右当事者間の東京高等裁判所昭和五八年(行コ)第五四号法人税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和六〇年一二月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人下関忠義、同島田種次の上告理由第一点及び第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第三点について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件更正の理由附記が適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巌 裁判官 角田禮二郎)

(昭和六一年(行ツ)第七三号 上告人 株式会社八商)

上告代理人下関忠義、同島田種次の上告理由

第一総論

一、原判決の内容

本件主要の争点は、(1)上告人の申告した支払利息が税法上損金と認められるか、(2)被上告人のなした更正処分の付記理由の記載が適法であるか、の二点に帰着するのであるが、これに対する原判決の判断の要旨は次のとおりである。

1、支払利息の損金性について、

原判決は、

(一)、本件各手形は、後述の書き替えられたと認められるものを除き、各満期のころ、上告人の取引金融機関によって取り立てられ、その取り立てられた金員は上告人名義の預金口座に入金されていること。

(二)、上告人の総勘定元帳においては、一般に取引についてその取引の相手方も記帳する取り扱いになっているにかかわらず、右元帳に記帳されている本件手形割引利息については、その支払先(すなわち本件各手形の売却先)が記載されていないこと。

(三)、本件各手形の売却取引については、経理処理のための振替伝票は別として、領収証、手形割引計算書等の帳簿書類は存在しないこと。」の三つの事実を認定した上、

「以上認定した事実によれば、特段の事情が認められない限り、本件各手形の最終所持人は上告人であり、上告人は本件各手形の満期のころ本件各手形の振出人等からその各手形金の支払を受けたものと推認するのが相当である。」とし、かつ

「右の特段の事情を認めるに足りる証拠がない」と判示し、結局

「本件支払利息は上告人の本件事業年度の損金と認めることはできない」との判断をして上告人の請求を棄却した。

2、更正処分理由付記の手続的違法性について

本件各更正処分の更正通知書に更正の理由として、単に、「本件各手形割引利息は支払先が明らかでないので損金とは認められません。」と付記してあることにつき、原判決は「上告人は、右付記文言は支払事実そのものを否定する趣旨ではなく、支払先不明の支払は損金と認めないとの趣旨である旨主張するが、右は字句の枝葉末節に拘泥した議論である」とし、

「のみならず、本件更正、再更正に先立つ調査段階において、本件各利息支払の有無が問題とされ、上告人側関係者もこのことを十分認識していたものと認められるから、この点からいっても、上告人側が前記付記文言の趣旨を誤解するおそれはなかった。」とし、本件更正理由付記に違法性はないと判断している。

二、上告の理由

しかしながら、原判決には、

1、経験側に違反し、理由不備の違法がある。

2、立証責任に関する法則の適用を誤った理由不備の違法がある。

3、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈適用の誤りがあり、かつ、最高裁判所の判例に違反する違法がある。よって破棄を免れない。

以下項を分けて詳論する。

第二、上告理由各論

第一点 原判決には経験側に違反し、理由不備の違法があって、破棄を免れない。

一、原判決には幾多の倫理的矛盾があって理由不備の違法がある。即ち、

1、原判決は前記のとおり、三つの事実を根拠とするとともに、他に特段の事情が認められないとして、本件各手形の最終所持人が上告人であると認定しているが、その認定の根拠としている三つの事実と、右認定結果との間には必然性がないからその判断は誤りである。以下各事実について検討するに、

(一)、まず、前記第一の一の1の(一)の事実について、原判決は、本件各手形が上告人の取引金融機関によって取り立てられ、その金員が上告人名義の預金口座に入金されている事実から本件各手形の最終所持人が上告人であると判断する根拠の一としているのであるが、右預金口座に入金された金員が引き続き同口座に預入されたままとなっているとすればともかくとして、本件においては、手形取立てによる預入金は直ちに現金で払い戻されていることが証拠上明らかであるから、これらの事実を総合すれば、むしろ既に売却された本件各手形につき売却先から満期日に取立を依頼され、満期において売主たる上告人が、便宜自己の名義で取立て、直ちに取立依頼主に売却しているという上告人の主張こそ推認できる事実であって、右事実からは判決のように本件手形の実質的な最終所持人が上告人であるとする結論を導き出すことは不可能である。判決は、その部分的事実のみを根拠として推認し、右推認を左右すべき他の重要な事実を、殊更に排除して結論しているのであって、その不当なることは論をまたない。

(二)、前同(二)の事実について

原判決は、上告人が本件各手形の売却先名を諸帳簿に記録しなかった事実をもって本件手形の最終所持人を上告人であったと推認する根拠の一としているのであるが、税法上においては、利息支払先を記載しなければ損金に認めないとする規定はなく記帳義務自体もないのであるから、単に売却先が記帳されていない事実を捕らえ本件手形が売却されていないと認定することはできない筈である。要するに売却先記帳の有無は売却事実が無いことを判定する積極的事実の性格を有するものではないからこれを推認の根拠とすることは筋違いというべきである。

(三)、前同(三)の事実について

原判決は、本件手形の売却取引に関する領収証、手形割引計算書等の書類が存在しない事実をもって、本件手形の最終所持人が上告人であると推認する根拠としているのであるが、税法上、手形売却取引において右書類の作成保存を義務づけているものではなく、これら書類の不存在が、本件手形の売却を否定すべき積極的理由となし得べきものではない。

要するに、原判決の挙げた三つの事実は上告人の主張を排斥すべき理由とするに足りないものであることが明らかである。

2、また、原判決は前記のように「本件各手形の最終所持人は上告人であり、上告人は本件各手形の満期ころ本件各手形の振出人等からその各手形金の支払を受けたものと推認するのが相当」と事実を認定した上、「この事実によれば本件支払利息は上告人の本件事業年度の損金と認めることはできない、」との結論をしているが、仮に右前段の事実が推定できるとしても、(その推定の不当なことは前記のとおりである。)その事実から後段の結論を導くことにも論理的矛盾がある。即ち、

(一)、本件の争点は原判決が自ら指摘しているように、本件各手形が売却されたか否かの問題即ち上告人が本件各手形を取得後満期期日まで引き続き所持していたか否かの点であって、本件各手形の最終所持人が上告人であるか否かの点ではない。然るに原判決はこの点について単に「本件各手形の最終所持人が上告人である」事実を認定したのみで、「上告人が本件各手形を取得後満期日まで引き続き所持していたーーー即ち、売却の事実はない。」との事実については、積極的に判断していないのである。

(二)、原判決の結論は、「本件各手形の最終所持人が上告人であるから、本件支払利息は損金とは認められない。」とするものであるが、仮に最終所持人が上告人であるとしても、売却先から、満期日直前に再び買戻すことにより最終所持人となる場合があるのであって、この場合売却後再び買い戻すまでの期間に対する利息の支払は必要であることは当然であるから、仮に判決の認定したとおり本件手形の最終所持人が上告人であったとしても、必ずしも利息支払を要しないものではない。本件において、仮に支払利息が損金に認められないとの結論に到達するためには、本件手形の最終所持人が上告人であったという事実を認定しただけでは足らず上告人が本件手形を取得後一度も売却することはなく、満期まで引き続き所持していたという事実まで認定されなければならないのである。

(三)、要するに原判決は、本件各手形を上告人が引続き所持していたとの判断を欠いたまま支払利息の損金経理を否認するものであって、この点についても明らかに理由不備である。

二、原判決には明らかに経験則に反する違法がある。

1、(一)、手形による貸金の受取利息の本質は、その形式は手形割引によるか、手形貸付によるかはしばらく措くとしても、要するに貸金に対する利息である。

(二)、従って、その利息を生み出すためには、それに相応する元本たる資金を必要とすることは言うをまたないところである。

(三)、そこで、上告人が、本件で問題とされている受取利息を取得するためには、その融資の元本としてどのくらいの資金を必要としたかについて、検討すると別表一ないし六記載のような量の資金が必要であったことが明らかである。即ち所要の資金量は、その最も少なかった昭和四八年一一月から昭和四九年二月までの各月末においても二億二、〇〇〇万円であり、最も多かった昭和五〇年八月末の時点では九億四、〇〇〇万円に達していることが明らかである。

(四)、しかるに、上告人の資本金は、僅か数千万円に過ぎない。従って、上告人が前記のような金額の資金を他に融通するためには、第三者からこの資金を入手してこなければその目的を達成することができないことは自明の理である。

(五)、ところで、上告人が資金を入手する方法は、他から無償で供与を受けてくるか、あるいは借り入れるかの二途しかない。上告人に対し、前記のような巨額の金員を贈与してくれる篤志家はいないから、上告人としては後者の方法、即ち営業活動として他から借り入れるより外に資金調達の方法はなかったものというべきである。

(六)、そして、商事会社たる上告人がその営業として、他から、資金を調達するには、特別の事情のない限り、それ相応の利息を支払う必要のあることはあえて説明の要がない。

2、前記のように、課税対象たる所得(受取利息)を生み出すためには、その前提として、一定の支出がなされることが推定され、その推定には十分な合理性があり、かつその確率が相当高度であると認められる事情が存する場合においては、反証のない限り、その前提となっている支出がなされているものと推定せらるべきことは、経験則に照らして極めて明らかである。ことに、上告人が支出したと主張している支払利息は、決して非常識に高率なものではなく、通常の取引における低い金利であることは、被上告人も認めているところである。(被上告人が第一審で提出した昭和五六年一一月三〇日付準備書面一一丁)から、その推定の確実度は一層強固なものであるというべきである。

従って、右の推定を覆すためには、上告人が他から資金を調達してこなくても(つまり支払利息を支払わなくても)、本件受取利息を生み出すことが出来たという事情、換言すれば、上告人において自ら潤沢な資金を保有していたという事実を肯認できる合理的根拠を示さなければならないことは当然である。しかるに、原判決は、この点に関し、「上告人は、上告人が本件各手形を第三者に売却せずに自ら満期まで保有しているためには巨額の資金を必要とするが、上告人にはそのような資金はなく、右のようなことは有りえないと主張するけれども、右資金の出所まで明らかにされなければ上告人が本件各手形をその満期まで所持していた事実を肯認しえないものといい難く、右資金の出所が証拠上明らかでないことをもって直ちに前記特段の事情に当たるものということはできない。」との理由を付したのみで上告人の主張を排斥している。

しかしながら、上告人は原審において、決して資金の出所を問題にしていたのではなく、その資金量と、上告人の自己資金保有能力との関係を強調し、その資金面からみても上告人は他から融資を受けなければ、本件受取利息を入手できない旨を一貫して主張してきたのである。さきにも述べたとおり、上告人は、

(一)、一般論として、資金がなければ融資ができず、受取利息を入手できないこと。

(二)、上告人には、本件受取利息を生み出す程の潤沢な資金がなかったこと。

(三)、従って受取利息を取得するために融資をするには、他から資金を調達してこなければならなかったこと。

(四)、他から資金を借り入れるについては相応の利息を支払わなければならなかったこと。

という極く平易な筋道の主張をしているのであって、右は吾人の経験則上動かすことのできない鉄則である。従って、もし、右経験則に反し、上告人は全然支払利息を支払っていないと認定しようとするためには、少なくとも上告人が他から資金を調達しなくても十分に本件受取利息を取得することができる程の資金量(別表一ないし六参照)を保有していたことを肯認するに足る合理的根拠を示すべき必要のあることは論をまたないところである。にもかかわらず、原判決が単に前記のような理由を示したのみで上告人の主張を排斥したのは、明らかに経験則を無視した判断であって、理由不備の違法があり、到底破棄を免れない。

第二点 原判決には立証責任に関する法則の適用を誤った理由不備の違法があって、破棄を免れない。

一、原判決は、既に述べたように

1、本件各手形は、後述の書き替えられたと認められるものを除き、各満期のころ、上告人の取引金融機関によって取り立てられ、その取り立てられた金員は上告人名義の預金口座に入金されていること。

2、上告人の、総勘定元帳においては、一般に取引についてその取引の相手方も記帳する取扱いになっているにかかわらず右元帳に記帳されている本件各手形割引利息については、その支払先(すなわち本件各手形の売却先)が記載されていないこと。

3、本件各手形の売却取引については、経理処理のための振替伝票を別として、領収証、手形割引計算書等の帳簿書類は存在しないこと。

の三つの事実を認定した上、以上認定した事実によれば、特段の事情の認められない限り、本件各手形の最終所持人は上告人であり、上告人は本件各手形の満期のころ本件各手形の振出人等からその各手形金の支払を受けたものと推認するのが相当である。とした上、右の特段の事情を認めるに足りる証拠がないと判示して上告人の請求を棄却した。

右は、要するに上告人の提出した証拠によっては、上告人の主張事実は認められないとの趣旨であるが、それは上告人に不必要な立証責任を課するものであり、税務訴訟の本質を理解しない誤った判断である。

およそ課税の対象となる所得額についての立証責任が課税庁に存することは論をまたないところであるが、この理は青色申告の所得金額の更正処分についても適用があり、更正さるべき所得額に関する立証の責任は、総て課税庁側にあることは税務訴訟において、つとに定説とされているところである。けだし、一般に課税対象たる所得金額は、収入(益金)と支出(損金)との差額により計算されるものであるから、当該所得金額を立証する責任を有する者は、その前提となる益金と損金の双方について立証責任を負担すべきものであることは理の当然であるからである。

二、ところで、本件の争点は、上告人が損金として計上した支払利息について、被上告人はこれを架空なものであるとして否認し、右支払金額についても上告人に所得があったものとするところにある。右のように、納税者が一定の所得額を申告したときに、課税庁がこれを否認し、右と異なる所得額を認定しようとする場合においては、その所得の存在ならびその金額について、課税庁側にその立証をなすべき責任があることは前述のとおりであるから、課税庁は納税者の申告が事実に反し、課税庁の認定が正当であることを肯認しうる証拠を提出しなければならないことは明らかである。ことに、上告理由第一点の二で指摘するように、本件においては課税対象たる所得(収入)を生み出すためには、その前提として一定の支出がなされていることが推定され、その推定には十分な合理性があり、かつ、その確率が相当高度であると認められる事情が存する場合であるから、課税庁は右推定を覆すに足る強力な反証を提出する責任があるものというべきである。

しかるに、被上告人は、上告人の申告した支払利息を否認し、右支払は架空なものであると主張しながら、その根拠としては、「上告人が支払先を明らかにしないので支払先が不明であり、ひいては支払事実は架空である。」と言うにとどまり、なんら積極的な立証をしていない。けれども、「支払先が明らかでない。」ということと、「支払が架空である。」ということは決して同一ではない。「支払先を明らかにする。」ことは支払事実を認めるのに最も簡単かつ明快な手段であることは疑いのないところであるが、それは支払事実を認定し得る唯一の資料ではなく、他の方法によっても支払の事実を立証することが許されるものといわなければならないから、支払先が不明であるからといって直ちに支払事実がないと即断するのは相当ではない。問題の中核は、「支払事実の有無」であって、「支払先の如何」ではない。支払の事実さえ認められるならば、その支払先が甲であろうと乙であろうと問うところではないのである。上告人は、支払利息の支払先を明らかにできない事情があるので、やむを得ずこの点を黙秘してきたが、「支払の事実」を推認するに足りる事実は十分に主張立証してきたのである。ことに、本件においては、手形割引に必要な資金量が、支払利息支払を認めるについて有力な資料の一つであるから、上告人は、本件手形割引に関して必要とした資金の流れについて、第一審以来証拠を挙げて詳述し、本件支払利息の支払がなされているものと推認されるべき合理的根拠を示してきたのである。従って、もし被上告人がこれを否認しようとするならば、右推定を覆すに足りる反証を挙げなければならない責を有することは言うまでもないところである。

一般金融業界において、融資の目的をもって手形を買い受けた者は、潤沢な自己資金を有する者は別として、これを第三者に売却して資金を入手するのを常としており(その関係は、一般商品の仕入れと販売の関係に類似している)、上告人もまたこの方法により手形買受資金を調達していた旨を主張しているのであるから、これを否認する被上告人は、少なくとも、上告人が本件各手形を他に売却しなくてもその保有する資金によって、十分に手形の買入れをすることができたという事実および上告人が支払利息として損金に計上していた金額に見合う資金を、上告人が各事業年度末に、簿外で保有していた事実までは立証しなければならない筋合である。にもかかわらず、被上告人はその責を果たしていないのである。これに反し、上告人は、既に本件手形売却、利息支払の事実を推認できる十分な資料を提出しており、その立証の責任を尽くしているのである。従って、反証のない本件においては、当然に上告人の主張が認容せらるべきものであるにかかわらず、原判決が前記のような重要な推定事実に一顧もせず本論旨冒頭記載のように判示して上告人の請求を排斥したのは、税務訴訟における立証責任の法則の適用を誤ったもので理由不備と言わなければならない。

三、なお、右主張の正当性を明らかにするために、本件において被上告人が立証すべき具体的事実について考察する。

1、法人の所得金額は、益金額から損金額を控除して計算することとされており(法人税法二二条一項)、右益金額及び損金額は一般に公正妥当と認められる会計基準に従って計算される(同法二二条四項)。そして、右公正妥当な会計基準の適用は、現代においては複式簿記(青色申告の要件-同法規則五三条)を前提としているものであるところ、複式簿記における利益算定の要素は資産、負債、資本、収益及び費用であって、これが利益算定の五元要素と呼ばれているものである(甲第三三号証、法学博士忠佐市氏執筆、会計ジャーナル、一九八一年一〇月号六四頁参照)。

上告人は、法人税につき青色申告を承認された法人であり、本件更正処分に際しても右承認を取り消されてはいないのである。青色申告の更正処分においては、いわゆる推計課税は許されず、従って実額課税によるべきものとされている(法人税法一三〇、一三一条)。いわゆる実額課税とは、簿記会計上の五元要素について、各取引ごとに項目と金額とを証拠によって証明し、その所得額について事実の認定をすることを意味する(前掲会計ジャーナル同参照)とされているのである。簿記会計上、右五元要素のうち収益と費用とは名目勘定と呼ばれ、利益発生の原因を示す科目であり、資産と負債とは実在勘定と呼ばれ、利益発生の結果を示す科目である。名目勘定と実在勘定との相違点は、収益と費用が数学的な価値概念で五感による認識が不可能とされるに対し、資産と負債とはその実在認識が可能である点にある。簿記会計上、名目勘定たる収益と費用の発生は、必ず実在勘定たる資産と負債の増減の結果をもたらすものである。即ち、名目勘定と実在勘定とは、原因と結果との関係にあり、また、車の両輪の関係でもあるとされている(前掲、会計ジャーナル同頁参照)のである。この意味において、利益金額の立証においては、原因と結果とは相互の関係において、共に直接証拠であると認められるのである(前掲、会計ジャーナル六六頁参照)。

以上の理論は現代簿記会計学における通説である。従って、課税所得の存否及び範囲についての立証は、原因と結果の双方の立証か、少なくとも結果の立証が必要であるとされ、原因だけの立証では課税所得の証明がなされたとは言えないとされる(前掲、会計ジャーナル、六六頁参照)。

2、本来、所得金額は抽象的な数概念であり。その存否は簿記会計の理論によってのみ立証できるものである。本件において、被上告人は、上告人の青色申告制度にもとずく複式簿記による利益計算を基礎とし、その経理処理において支払った利息につき、これが架空であるとして所得金額の更正をしたのである。即ち、被上告人は、上告人の経理処理につき、本件受取手形の売却に伴う支払割引料(支払利息)の損金計上を否認したのであるが、その他の経理処理はこれを是認し、上告人の経理処理により算定された所得金額に右支払割引料額を加算した金額をもって上告人の所得金額であるとしたのである。従って被上告人が本件更正処分の適法性を立証するには、上告人の青色申告承認が取消されていない現状においては、上告人のなした経理処理に対応し、これに関連する経理処理を含めて、会計学的証拠により、合理的にその誤りを指摘すべきは当然である。上告人の本件受取手形に関する取引の実態は、上告人が原審で主張しているとおり手形金融の仲介であって、自己資金による手形金融ではない。このことは、上告人の帳簿(甲第一号証の一ないし同第五号証の四)により、手形買入とその売却が殆ど同日になされていることによっても明らかである。

そこで、上告人の本件各手形取引における一連の経理処理は、

本件手形買入に際しては 〈1〉 (借方)受取手形(貸方)現金

〈2〉 (借方)現金 (貸方)受取利息

本件手形売却に際しては 〈3〉 (借方)現金 (貸方)受取手形

〈4〉 (借方)支払利息(貸方)現金、

という仕訳をしているのが通例で、これが総勘定元帳を通じて決算され利益金額が計算されているのであるから、仮に〈4〉の支払利息の支払仕訳が架空であるとすれば〈3〉の受取手形の売却仕訳も架空でなければならず、そうだとすれば〈1〉の手形買入に要する現金は上告人が帳簿外で保有していなければ〈1〉及び〈2〉の手形買入取引はできないこととなるのである。従って、〈4〉の利息支払が架空であると認定するためには、被上告人は、〈1〉の手形買入資金が帳簿外に存在する事実を立証しなければ合理的な立証がなされたとは言えないのであり、この立証こそ架空支払利息立証の本質的なものである。また、この立証ができなかった場合は、少なくとも架空利息計上の結果たる簿記会計的事実、即ち、右〈4〉の仕訳によって利息支払にあてられたとしている現金が現実には外部に支払われていないので上告人会社の内部に留保されている事実か、またはその現金が税法上損金と認められない他の費用に流用されている事実を立証しなければならない筈である。然るに、被上告人は、このことにつき何等立証していない。また被上告人は、更正所得の発生原因を架空利息支払であるとしながら、その事実についても合理的な立証をしていない。即ち、本件においては、手形の売買による融資がなされ、上告人は、この取引によって多額の受取利息(受取割引料)と支払利息(支払割引料)を計上しているのであるが、右手形の買入資金は、本件手形を即日売却し(手形割引)た資金に頼っているものであるから、必然的に支払割引料を支払わねばならないのである。この場合において、被上告人が右支払割引料が架空であると認定するには、上告人が右手形買入資金を簿外資産で所有していた事実を立証しなければ所得発生の原因たるべき架空利息の支払を、所得発生原因の面(損益面)から立証したことにもならないのである。被上告人の所部係官は支払利息として支出された現金の行方も、本件手形買い入れ資金に相当する簿外資金も確認していない旨を証言し(弁論期日九回佐藤証人調達二三丁表、一〇回佐藤証人調書一四丁裏及び二二丁表、一三回慶田証人調書三五丁裏か 三六丁表、一四回戸田証人調書二一丁裏から二五丁表)ているし被上告人は、他に何等簿記会計学的事実の立証もしていないのである。

しかるに、原判決は前述のように、あたかも、本件の立証責任が上告人にあるがごとく錯覚し、本件の争点の解明につきその必要不可欠であるべき手形買入資金の存否の問題があたかも派生的事情のごとく判断し「右資金の出所まで明らかにされなければ上告人が本件各手形を満期まで所持していた事実を肯認しえないものとはいい難く」と判示している。要するに原判決は単なる推測により本件更正処分が適法であるとの判断をしているのである。

上告人は、青色申告の承認を受けているのであるから、既に述べたとおり、被上告人は、更正処分に際しては、帳簿書類の誤りを具体的に指摘し、実質的な証拠によりこれを立証しなければならないのである。然るに、原判決においては立証責任の法理を正解せず、むしろ、立証義務のない上告人の主張を否定することだけで本件所得金額が立証されたとしているのは、明らかに立証責任の法理を誤ったもので、判決に影響を及ぼすべき理由不備があるものといわなければならない。よってこれを破棄し、本件を原裁判所に差し戻されんことを求める。

第三点 原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈適用の誤りがあり、かつ、最高裁判所の判例にも違反する違法があって破棄を免れない。

一、法人税法第一三〇条は、その第一項本文において、「税務署長は、内国法人の提出した青色申告書に係る法人税の課税標準又は欠損金額の更正をする場合には、その内国法人の帳簿書類を調査し、その調査により当該課税標準又は欠損金額の計算に誤りがあると認められる場合に限り、これをすることができる。」とした上、その第二項において、 「税務署長は、内国法人の提出した青色申告書に係る法人税の課税標準又は欠損金額の更正をする場合には、その更正に係る国税通則法第二八条第二項(更正通知書の記載事項)に規定する更正通知書にその更正の理由を付記しなければならない。」と定めている。

そこで、まず、法が青色申告更正について前記のような理由付記の制度を設けた趣旨、ならびにその付記すべき理由はどの程度の具体性が求められているかを検討してみると、これらの点については、既に数多くの判例が出されている。いまその主要なものを列挙すれば次のとおりである。

最高裁二小判 昭和三八・ 五・三一 民集一七巻 四号 六一七頁

最高裁二小判 昭和三八・一二・二七 民集一七巻一二号一八七一頁

最高裁二小判 昭和四七・ 三・三一 民集二六巻 二号 三一九頁

最高裁二小判 昭和四七・一二・ 五 民集二六巻一〇号 一七九頁

最高裁二小判 昭和五一・ 三・ 八 民集三〇巻 二号 六四頁

最高裁一小判 昭和五四・ 四・一九 民集三三巻 三号 三七九頁

これら一連の判例の集積により、

1、法が更正通知書に更正の理由を付記すべきものとしているのは、法が青色申告制度を採用して、青色申告に係る所得の計算については、それが法定の帳簿組織による記載にもとずくものである以上、その帳簿の記載を無視して更正されることがないことを納税者に保障した趣旨にかんがみ、更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与える趣旨に出たものであること。

2、従って、帳簿書類の記載を否認して更正をする場合において、更正通知書に付記すべき理由としては、単に更正にかかる勘定科目とその金額を示すだけでは足りず、そのような更正をした根拠を帳簿の記載以上に信憑力のある資料を摘示することによって具体的に明示することを要すること。

3、また、更正の理由不備の瑕疵は、後日審査裁決等において更正の根拠を具体的に明示されたとしても、それにより治癒されるものではないこと。

4、更に、更正の理由不備の適法性は、更正通知書に記載された付記事項のみによって判定さるべきものであること。

等が明らかにされ、確立された判例理論を形成しているのである。

二、ところで、本件において、被上告人は、上告人の提出した青色申告書に係る損金たる支払利息を否認し、その旨更正通知をしたのであるが、被上告人のなした本件各更正通知書には、本件支払利息否認の理由として、単に「下記の日付で支払われた利息は支払先が明らかでないので損金とは認められません。」と付記しているだけである。右「支払先が不明」ということは、通常の解釈に従えば、「支払事実はあるがその支払先が明らかでない場合」を指称するものであるが、もし然りとすれば「支払先が不明であるから損金とは認められない。」ということは、「使途不明金は損金と認められない」という特別規定が存在しない法人税法の下においては、それ自体無意味というべきものであって、到底適法な更正理由とはならないことは明白であるが、通知を受くべき納税者の大多数が税法規定に精通していない現況においては、右付記理由を文言どおり素直に受け入れて、かかる場合には法律上損金は認められないものと即断し、不服申立てを断念する虞が無いとは言えないのである。仮に右文言を善解して、「支払先が明らかでないから支払の事実はないものと認定する。従って損金とは認められない。」という趣旨であるとしても、当該更正通知書には、かように認定するに足る合理的資料は全く付記されていないばかりでなく、むしろ、「使途不明であるから損金とは認められない」と解せざるを得ない事項の記載が幾多存在していること後述のとおりであるから、本件付記理由は違法であるといわなければならない。

しかるに、原判決はこの点について、「右付記文言が支払事実を否定する趣旨であることは容易に看取することができるのみならず、(証拠略)本件更正、再更正に先立つ調査段階において、本件各利息支払の有無が問題とされ、上告人関係者もこのことを十分認識していたと認められるから、この点から、いっても上告人側が前記付記文言の趣旨を誤解するおそれはなかったものというべきである。」と判示して前記付記理由を適法なものとしている。しかしながら、法が更正通知書にわざわざ理由の付記を義務づけた理由は、さきに掲記した最高裁判所の判例の示すとおり、納税者の利益を尊重することを第一義としているのであるから、その趣旨は厳格に解釈適用されなければならないことは言うまでもないところである。にもかかわらず原判決が前記のような理由によって上告人の主張を斥けたのは、法人税法の解釈適用を誤ったものというほかはない。ことに、「更正に先立つ調査の段階で何が問題にされているかは納税者側で十分に認識しているから付記理由に瑕疵があっても差し支えない。」という趣旨の判決理由に至っては暴論以外の何物でもない。なぜならば青色申告の更正通知には必ず調査が先行することは当然(法人税法第一三〇条参照)であるから、納税者はその段階で何が問題とされているかを推認できるのが常である。従って、もし、原判決の右論法が是認されるとすれば、納税者は常に問題点を調査段階で知っているから更正通知書には何も理由を付記しないでもよい、との結論に到達せざるを得ないからである。その不当なことは論をまたないところであるが、ことに本件は、その調達段階において支払事実そのものについては問題とされておらず、もっぱら支払先の究明に終始したことは記録上明らかである。すなわち上告人は、今後の営業資金調達のことを考え、かつ取引先との約束を守る必要上、支払利息の支払先を明らかにすることを固く拒んだため調査は難航したが、少なくとも支払の事実そのものはあったものとし、その支払先を明らかにするか、しないか、が折衝の核心であったのである。換言すれば、本件更正通知の段階においては、「支払先不明」による否認のみが問題とされ、「架空支払」による否認ということは、被上告人の念頭になかったので、それは以下の本件更正通知書の記載の各事実に徴しても明らかなところである。

1、本件更正通知書(甲第二一号証ないし同第二五号証)の裏面の「7翌期首現在の利益積立金額について」の欄には、損金を否認した支払利息相当額が留保金として表示されていないこと(ちなみに、これは本件支払利息については支払事実があったことを是認していることを意味するものであり、このことは税務関係者間には周知の事実である。)。

2、本件更正処分に際し、青色申告承認の取消処分がなされておらず、またその結果繰越欠損金控除等が否認されていないこと(仮に上告人において帳簿上架空支払の操作がなされていたとすれば、その金額が巨額にのぼる本件においては当然青色申告取消処分がなされ、従って繰越欠損金控除が否認され、それが更正通知書に記入されている筈であるが、その事実がないことは、本件支払利息が単に使途不明を理由として否認されたことが推定できるのである。)。

3、本件が架空利息の計上であるとすれば、明らかな所得の仮装、隠蔽であるから当然重加算税の賦課があるべきであるが、本件にはその事実がない(重加算税の賦課は、更正通知書と一体となった賦課決定通知書により通知されていること甲第二一号証ないし同第二五号証のとおり)こと。

以上の事実はいずれも争いのないところであるがこれらの事実を総合すると、被上告人は、上告人主張にかかる支払利息支払の事実は、一応是認しながらも、その支払先が不明であるからこれを否認するという態度であったと認めざるを得ないのである。さればこそ、上告人が本件更正通知を受けたときも、その文言とおり「支払先が明らかでないので損金とは認められない」という趣旨に了解し、その前提の下に当該更正処分の取消しを求めるために本訴を提起したのである。しかるに、被上告人はその訴訟の進行中支払事実そのものを架空なものとして否認するという主張をしていたので、上告人もそれに対応して、更正通知の付記理由が不適当であるという趣旨の新しい請求原因を追加するに至ったという経緯のあることは本件訴訟の経過に徴して明白である(このことは第一審の訴訟記録を年月日を追って順次検討することにより明らかである。)要するに被上告人は、本件更正通知を発する考え方はなかったから、前記のような簡単な理由を付記したにとどまったものと推認されるのであるが、「支払先不明」と「架空支払」との区別は、重加算税の賦課、青色申告承認取消等納税者に対する税法上の利害に重大な差異を及ぼす(架空利息支払は、重加算税賦課の要件であるとともに青色申告承認取消要件である。国税通則法第六八条、法人税法第一二七条一項三号)ものであるから、明らかに別個の観念であり、その更正付記理由も自ら相違してくるのは理の当然というべきである。ところで、本件付記理由は、再三指摘するように、簡潔ではあるが粗雑なもので、「支払先不明」を理由とする否認理由としてはともかく、支払事実そのものを否認する理由としては不適法であることは、法がわざわざこの制度を設けた精神や、前掲各最高裁判所判例の趣旨に照らして極めて明白であるにかかわらず、原判決が合理的な根拠を示さず敢えてこれを適法なりとしたのは、法人税に関する法令の解釈適用を誤り、かつ、最高裁判所判例に違反するものであり判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないものである。

以上

(添付書類省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例